空を飛びたい――古来、幾人もが夢見ては挫折した願いをついに現実のものにしたのが、18世紀に登場した熱気球という乗り物でした。
かねてより、そのロマンと優雅な姿にひそかな憧れをいだいていたのです。けれど、高いところにいられない私には一生縁のない世界…
なのに。なぜか乗ることになりました。
高所恐怖症の人間が気球に乗っても大丈夫なのか?空を駆ける壮大な実験の記録です。
フリーフライト体験
準備
こんにちは、DEKAEです。
今回は東京都からアクセスできる場所ということで、渡良瀬遊水地で遊覧飛行(フリーフライト)体験を提供するチームにお世話になりました。
午前4時30分ごろ、チームの「基地」を出て遊水地に移動します。
準備から片付けまでがフライト。気球の組み立てなど作業の一部も手伝いながら、その構造を学びます。
ハイエースから用具を取り出す風景。
バスケット(気球のカゴ)の中に必要な用具をすべて収納し、そのまま積んでいます。
青い袋には球皮(風船部分)がすっぽり収まり、引っ張るだけできれいに取り出せるようになっています。
非常に機能的ですが、球皮だけで約100キログラム!気球全体の総重量は300キログラムにも及ぶそうなので、到底1人では作業できません。
引っ張り出された球皮。全長は20メートルにも及ぶでしょうか。これがどのように膨らむのか見ものです。
熱気球は「暖かい空気は上昇する」という原理を利用して飛びます。球皮の中を温めて、外気温との温度差を利用して浮くわけですね。
ということで、高度を調整するための唯一の手段ともいえるガスバーナーを念入りに点検。
ゴーッとすさまじい音を立てて吹き上げる炎は、どこか神聖ですらありました。
続いて球皮を膨らませます。
複数人で両側をしっかり支え、強力な扇風機を使って風を送り込む作業。ぺったんこだった球皮がだんだんと膨れてきました。
この作業、扇風機がなかった時代はどうしていたんでしょう…
充分に膨らんだらいよいよ中の空気を暖めます。球皮内の空気が次第に外気より軽くなり、先端が上へ向かっていきますよ。
バスケットが完全に起き上がったら、いよいよ離陸準備完了!速やかに乗り込みます。
離陸
体験者の他に搭乗するクルーはパイロット1名のみ。
他のメンバーは地上で気球を追跡し、パイロットとやりとりしつつ着陸場所に向かいます。着陸後もすぐ支えてもらわないと倒れてしまいますからね〜。
地上のクルーに手を振られながら、いよいよ空の世界へ!私ものんきに手を振り返しますが、内心この世の終わりのような心境でございます。
んで、お見送りついでに写真も撮っておいてくれました。
これが我々だそうです。
関東平野に広がる田園風景を望みながらの飛行はこのうえなく素晴らしかったはず。しかし立ったまま失神していたのかあんまり記憶がない…
今回は風向きの影響で400メートルの高さまでしか上がらなかったとのことですが、全然無理でした←
後でGoProの映像を見返すだけでも足がすくみます。
操縦方法
気球の操縦については全くイメージがなかったのですが…なんと舵などの装置はついておらず、完全に風任せ!
風の吹く向きは高度によって異なるため、随時火力を調節し、高度を変えることで進みたい方角の風をとらえます。文字通り風を読み、それに乗るわけですね。素敵…
こうして風力のみによって運ばれていく空の世界は本当に穏やかです。
聞こえるのは遥か下方で鳴く虫たちの声のみ。早朝ということもありますが、道を歩く人と会話ができてしまうほどでした。
時速10キロメートルほどで前進する気球は全く揺れることもなく、そういう意味では飛行機より恐さを感じない人もいるかもしれません。
気球の構造上、外気温が低い秋冬(特に風の少ない秋)がベストシーズンだそうです。
上空は寒そうなイメージですが、早朝の高度1,000メートルあたりは地表面より暖かいみたい。より太陽に近いことと、放射冷却の影響を受けないことが理由らしいです。
着陸
着陸態勢に入ると、身体を完全にバスケットの中に入れて取っ手にしっかり掴まります。外界が見えない分この状態が一番恐くありませんでした←
着陸の瞬間はドスンという衝撃があるものの、思いのほか軽いタッチ。
しかしまぁ気付いたら脇汗びっしょり。飛行中もずっと取っ手を握りしめ続けていたため、手のひらが筋肉痛になりました…
無事着陸したら、伝統にのっとり髪の毛を「燃やし」ます。
昔、人間が空を飛ぶ行為は神への冒涜であると考えられていました。よって飛行成功のあかつきには、火の神に感謝すべく髪の毛を捧げたのです。
ジブリ映画「ハウルの動く城」で、火の悪魔カルシファーがソフィーの髪の毛を食らうシーンがあるそうですが、それもこの伝統によるものと思われます。
また、1783年フランスで初の無係留有人飛行に搭乗したのは、1人の貴族と若き物理学者でした。
当初ルイ16世は貴族のみの搭乗を認めていましたが、懇願する物理学者の熱意を認め同行を許可。
着陸後は彼に貴族の身分を与え、さらには着陸地点の周辺1ヘクタールの領土をたまわったということです!それほど名誉あることだったのですね。
個人的には最初に気球に乗ろうと思った貴族の度胸もすごいと思いますけど…
基地に戻ると、飛行証明としてログブックをもらいました。これに高度や風速などが記されています。
ないとは思いますが、いつかまた気球に搭乗する機会があったら記録していきたいな。ないとは思いますが。
WINNING BALLOON CLUB
今回お世話になったのは、埼玉県加須市に拠点を置くWINNING BALLOON CLUBさんでした。
上記のフリーフライト体験のほか、その場で飛ぶだけの係留飛行体験も提供しています。
チームの基地「SORAベース」では前泊も可能。都内からは始発でも集合時間に間に合わないので、こちらを利用しました。
DIY感あふれる建物ですが、トイレ・シャワー室・寝床ともにとても清潔です。
このようなロフトに布団を敷いて休みます。クルーも同じ建物で寝泊まりするので、一層チーム感を味わえますよ。
いろいろな小物が気球柄で楽しいです。
WINNINGさんは、佐賀や鈴鹿に代表される国際的な競技会「スポーツバルーニング」の出場に向けて日々励んでいるそう。
この競技についてのお話も伺いましたが、かなり興味深い世界です。ルールを知って見るとさらに楽しめること間違いなしですよ。
あちこちの競技会に顔を出していると各国に顔なじみもできるそうで…
なんだか珍しい気球柄のウォッカ?はポーランドのお友達パイロットがくれたそうです。
気球の世界では、困っているチームがあれば競合でも助け合う習慣が昔から根付いています。
大学の気球部も合宿に来たり、フライト体験をお手伝いしてくれたりしていましたよ。
気球について
概要
私の飛行デビュー体験記は以上ですが、ここからは気球のあれこれをまとめてみたいと思います。
世界で初めて熱気球が飛んだのはフランス。
製紙業を営んでいたモンゴルフィエ兄弟が幾度かの実験を経て、1783年に完成させました。兄弟が設計した気球は初の無係留有人飛行を実現させます。
その目的は軍事用途であったとも言われています。難攻不落の砦を攻略するにあたり、正面がダメなら空から攻めればいいのではないか…と。
たき火をした際に煙がモクモクと立ち上るのを見て、「この黒い煙をつかまえれば空を飛べるのではないか」と思い付いたのがきっかけだったそうです。何だかメルヘン!
最初期の実験では動物を乗せて飛ばし、上空でも酸素量は十分なのかなどを見たのだとか。ヴェルサイユでは公開実験も行われ、時のルイ16世とマリー・アントワネットもご覧になったそうですよ!
ちなみに同時期、ライバルのイギリスではガス気球の開発が進んでいました。熱気球とガス気球は競い合うように発展していくこととなります。
世界の気球事情
気球は風に乗って飛ぶもの。大まかな着地点は事前に計画するものの、必ずしもそのポイントにダイレクトに降りられるわけではありません。
飛行が認められた場所は日本でも数か所ありますが、畑などに着地することもあるため耕作が行われない冬に限定される地域が多いそうです。
関東でフリーフライトが認められるのは渡良瀬遊水地のみ。水さえなければ着地できるため、日本で唯一1年中気球を飛ばせる場所なんだそうです。
ただし、米軍の航空機の飛行ルートにあたるため最大高度は1,000メートルあたりまでに制限されます。
航空機が通らない場所なら2,000メートル地点まで上昇することもあるそうですよ。無理←
広大な土地を有する北海道でも多くが牧草地だったりするらしく、飛べるのは基本的に冬のみ。めっちゃ寒そうですが、早朝の空にはダイヤモンドダストが煌めいてそれはそれは美しいそうです。ちょっと見てみたい…
世界に目を向けてみるとトルコのカッパドキアが有名ですが、他にもロシアやアメリカ合衆国などでさかんです。
大好きなトマス・ピンチョンの小説「逆光」にはアメリカとロシアの飛行船が出てくるのでテンション上がっちゃう。
【トマス・ピンチョン全小説】何から読む?個人的読みやすさランキング(前編)
この小説でも、ライバル同士だったアメリカとロシアが協力して困難を乗り切る局面があって胸アツなんですよね~。
この他、オーストラリアやヨーロッパは夏でもそこまで暑くなく、空気が乾燥しているため飛ばしやすいらしいです。
おわりに
こうやって、私の熱気球デビューはどうにか無事に終了しました。
風に乗って静かに空を漂う気球は、長い歴史に彩られたこの上なく優雅な乗り物。
高所恐怖症の克服にはまったくなりませんでしたが、まぁまっすぐ前だけを見ていれば大丈夫なんじゃないでしょうか←
近所の観光スポット
おしまい