こんにちは、DEKAEです。
新潮社より鳴り物入りで刊行された「トマス・ピンチョン全小説」。およそ9年かけて全て読み終わりました!
ピンチョン作品を読んでみたいけれど、どれから始めればいいか分からん!という方の参考になればと、主観による「最初に読んでも挫折しない度」ランキングを勝手に作ってみましたよ。
- トマス・ピンチョン Thomas Pynchon
- 【第一位】ヴァインランド/Vineland(1990)
- 【第二位】ブリーディング・エッジ/Bleeding Edge(2013)
- 【第三位】逆光/Against the Day(2006)
トマス・ピンチョン Thomas Pynchon
概要
これをお読みの方は大方ピンチョンについてはご存知のことと思いますが、念のため簡単におさらいします。
1937年、ニューヨーク州ロングアイランド生まれのトマス・ラグルス・ピンチョンJr.は、アメリカ合衆国におけるポストモダン文学の作家。
1963年に処女作V.を発表するとたちまち絶賛を浴び、アメリカ文壇に名を轟かせます。その後も、新作を発表するたびに注目度は高まるばかり。
ノーベル文学賞に最も近い作家の一人に数えられる一方、現代においては珍しく素顔を明かさない作家として有名です。
1963年から2013年にかけての職業作家生活で発表した書籍のタイトル数は、わずか9。
しかも授賞式やインタビューなどへの出席は頑なに拒み、公の場にほぼ姿を現していません。
それゆえ推測が推測を呼んで、半ば伝説の人物的な扱いを受けてますね。
とはいえ分かっていることも少なからずあり、影響を受けたものや海軍への入隊経験などは本人自ら明かしています。
また「トマス・ピンチョン」が本名で、中世から続く英国の家系であることも知られるところ。先祖のウィリアム・ピンチョンは、マサチューセッツ州のスプリングフィールドに入植、開拓した人物です。
あとは謎に包まれたまま。情報が家族・友人知人・出版関係者など、どこからも漏れないのがまた凄いんですよね。
作風
しかし、なぜ読者がこれほどまでにピンチョンに興味をもつのか。それは彼が「難解」な作品を世に問い続けているからでしょう。
ピンチョンの生み出すキャラクターは無気力なダメ人間だったり、権威的なものに抗う人物だったり、歴史上に実在する人物だったりします。
彼らのストーリーは、とにかく横道に逸れて逸れて逸れまくる。その行く先はポップカルチャーに始まり、芸術、食べ物、科学、性、歴史…など、俗なものからアカデミックなものまで多方面に及びます。
そして最大の特徴は、そういった膨大な知識が人を食ったようなギャグとともに語られる点。
およそ現実的とはいえない登場人物たちが、コメディ映画の脚本さながらに軽妙洒脱なセリフの応酬を繰り広げます。一方で、彼らの言葉は時に観念的で暗喩に満ちている…
このように既存の「文学」の枠組みから完全に外れたところにいるために、いまだに「こういう作家」と括れないのです。
何がピンチョンにそれを書かせたのか、作家自身の声を聞きたい人がいるというのも理解できます。
勝手に読みやすさランキング
このような調子で、寡作とはいえ一冊の本が何冊分ものボリュームに膨れ上がっています。
その長大さと難解さから、興味があっても手を出しづらいと感じる方が多いのも事実。ハードカバーって高いですしね…。
しかし、一度読み始めたらハマる人にはもうとんでもなくハマること間違いなしですから、ぜひチャレンジして頂きたいのです。
というわけで以下、個人的に読みやすかったと思う順に作品を並べてみました。完全に私の主観によるものなので、参考程度に考えていただけますと幸いです。
対象は2010年から2014年にかけて新潮社から刊行された「トマス・ピンチョン全小説」です。
【第一位】ヴァインランド/Vineland(1990)
(訳:佐藤良明)
キャラクター・ストーリーが明快で圧倒的に読みやすいのが「ヴァインランド」。一冊に収まる長さも最初に手に取る作品として最適です。
一回目は「?」という感じだった部分も、二回読んだらけっこう理解できました。笑
主人公はヒッピーの父と二人で暮らす少女プレーリー。彼女が姿をくらました母親を探す旅に出るところからストーリーが始まります。
基本的にはプレーリーの旅を追うことになるので、迷子になりにくい作品。カリフォルニアのからっとした空気とロックンロールに乗って、爽やかに読み通せます。
ただし、登場人物の回想により時代を数段階さかのぼる箇所があり、そこで脱落しないことがポイント。付録として、巻末に時系列ガイドがあります。
くノ一が登場するほか、数名の日本人(?)が重要な役割を果たします。これに関連した取材のため、作家本人が来日したとも言われていますよ。
大団円のハッピーエンドなので、いかにもアメリカンな娯楽映画を観終わったような気分になれます。
【第二位】ブリーディング・エッジ/Bleeding Edge(2013)
(訳:佐藤良明+栩木玲子)
ニューヨーク在住の作家が描く、インターネット黎明期と9.11前後の不穏な空気のお話。
作家76歳の作、現時点での最新刊です。日本では2021年5月に発売され、これにて「全小説」コンプリート。
最新作にしてもっとも読みやすい作品と思われます。というのも、ピンチョン作品の中では話の筋が圧倒的に整理されているのです。
主人公は生粋のニューヨーカーである女性会計士マキシーン。ユダヤ系特有の「おせっかいおばさん」の気質を備えた二児の母でもあります。
彼女が不正会計を調べていくうちに、アメリカ全土を揺るがす陰謀の兆しを見つけてしまいーーというのがメインプロットです。
多作品と異なり、マキシーンがずーっと主人公として存在していてくれる親切設計。数十ページにわたる回想シーンや余談もなく、時系列で話が進むので初読でも迷子になりません。
また、彼女の心情の変化が細やかに掬い取られているため、全小説の中でももっとも共感度の高いキャラの一人に仕上がっています。
ただ、かなりテクニカルなインターネット用語が容赦なく出てくるので、ネットに慣れてない人には何のこっちゃって感じかも。
私もブログなんてものをいじっているため多少の知識がつきましたが、それが無ければつらかったかもしれません…
とにかくバーチャル世界の描写がリアルで、アラ古希にしてなお最新技術に分け入ろうとする気概が伝わります。
一方で古き良きアメリカのポップカルチャーからの引用も多数ありますが、このあたりは逐次注釈がついているので何とかなりました。
てな感じで前半はすいすい、たまにケラケラ笑いながら読んでいたのですが、ラスト三分の一あたりからモヤモヤしはじめ…
んーと、とりあえずはハッピーエンドってことでいいのかな?(ワールドトレードセンターが瓦礫と化したとはいえ)ぐらいの印象。
最後の「訳者解説」を読んでようやくすっきりしました!それは読書と言えるのか
しかし訳文のクセが少々強く、洋画の字幕を延々と読まされているような感じです。会話のみならず平文もそうなっているので、軽すぎて逆に読みづらかいかも。
これはピンチョンが時代と舞台に合わせて文体を自在に変化させることが理由なんですよね。
今作は全編現代ニューヨーカーの話し言葉でつづられているらしく、それにならった訳文になっているそうです。
「ニューヨーク」と聞いて華やかなエンタメ都市よりも、有象無象が混じり合う殺伐とした街並みが思い浮かぶ方には特におすすめ。
【第三位】逆光/Against the Day(2006)
(訳:木原善彦)
「逆光」の読みやすさについては、かなり個人差があると思います。なんせひたすら長い。ピンチョン全小説の中でも最長です。
が、私としてはこれが一番好きな作品なので、3番目に挙げちゃう。
複数の主人公たちが織り成す群像劇です。少年の冒険ストーリーあり、ハードボイルドな西部劇あり、SFあり、官能小説あり…
とにかくもうジャンルという概念をブッ飛ばす一冊。文学的でありながらエンタメ要素が極めて強く、比較的読みやすいのではと思います。
ただし、作中最も重要なシーンと思しき個所は曖昧なまま過ぎちゃうんですけど…。
以下が主たる登場人物です。
・飛行船「不都号」に乗って特殊任務にあたる少年団「偶然の仲間」
・アナーキストの鉱山労働者ウェブ・トラヴァースの一家
・トラヴァースの協力者、ライダウト父娘
・元英国軍人の養女ヤシュミーンとその学友シプリアン
・資産家ヴァイブ
トラヴァース家の家長ウェブは「活動」のさ中、鉱山主であるヴァイブが差し向けた殺し屋によって亡き者に。子どもたちによる仇討ちが作品全体の核となります。
19世紀末、シカゴ万博開幕直前のアメリカから始まる物語の舞台は、メキシコ、ヨーロッパ、バルカン半島、中央アジア…と全世界に展開。
その各地で、彼らの人生がたびたび交錯しては離れていきます。
忍び寄る魔の手、思わぬところから現れる味方。「そこで登場するんかい!」という嬉しいサプライズが何度もあり、もう全ての登場人物が愛おしい…
本筋とは別に、かなりのページ数を割いて倒錯した性行為が描かれますが、この描写が凄まじい。普段からそういう想像ばかりしているのか、まさか実体験なのか…
訳者あとがきにもある通り、タイトルは「逆光」とも「逆行」ともとれるんですね。
権力に抗う人物たちの姿は、ともすれば時代に逆行する愚か者のようにも映ります。彼らが最後に目にした「光」とは何だったのでしょうか?
(後編に続く)